真面目な人ほど職場で消耗する理由と、その出口

同じ職場で、同じ上司のもとで、同じ仕事をしている。

それなのに、ある人は平気そうに働き続け、ある人は少しずつ削られていく。

昔の私は、この差をこう捉えていました。

「あの人は強い人なんだ」「自分は踏ん張りが足りないんだ」

だから、平気そうな人を見るたびに、どこかで自分を責めていました。

でも今は、その見方自体が間違っていたと思っています。

※この記事は私個人の経験をもとにした情報提供であり、すべての方に当てはまるものではありません。職場のストレスやメンタル不調でお困りの方は、専門機関へのご相談もご検討ください。

「自分が弱いのかもしれない」と思い続けていた

新卒で入った会社に、印象的な同僚がいました。

上司に強い口調で詰められても、「はい!すみません!」と返事よく頭を下げて、席に戻った瞬間にはケロッとしている。

「さっきの怒られ方、えぐくなかった?」と声をかけると、「いやー、まあまあ。そんなもんでしょ」と笑っていました。

当時の私は、正直こう思っていました。

「なんで平気なんだろう」「自分とは根本的に違う人間なんだ」

そして、平気でいられない自分を責めていた。

でも、しばらく一緒に働く中で、少しずつ見えてきたことがありました。その人は、強かったのではありませんでした。仕事との「距離感」が、私とはまったく違っていたのです。

同じ職場でも、見えている世界が違う

その同僚と話してみて分かったのは、仕事や会社についての認識が、当時の私とは明らかに異なっていたということでした。

「会社員なんて、契約で守られている存在で簡単にはクビにならない」「上司だって、どうせそのうち変わるから今だけ我慢すればいい」「どうしても耐えられなくなったら、転職すればいい」

怒られたとしても、それは「自分の人格を否定された出来事」ではなく、「会社という場で起きた一つのトラブル」にすぎない、という受け取り方でした。

だから、理不尽な環境も受け流せていた。

仕事と自分の人生の間に、ちゃんと距離があった。当時の私には、この距離感がありませんでした。

同じ上司の同じ言葉でも、受け取る意味がまったく違う。これは性格の違いでも、メンタルの強さの違いでもありません。仕事をどう位置づけているか、という前提の違いでした。

真面目な人ほど消耗する理由

当時の私は、仕事上の出来事がそのまま自己評価に直結していました。

怒られる=否定される。ミスする=価値が下がる。評価が落ちる=自分がダメな人間になる。

こういう等式が、無意識のうちに自動で動いていました。

だから、同じ言葉を向けられても、受けるダメージがまったく違った。仕事を「会社の出来事」として切り離せる人と、「自分の話」として受け取る人では、同じ8時間でも消耗の量が変わります。

マウントをとってくる上司、圧力をかけてくる管理職に対しても、私は固まることしかできませんでした。「穏便に済ませるにはどうするか」という思考回路が自動で動き、言い返すことも、うまくかわすこともできない。

ビジネス上は不利だと分かっていても、変えられなかった。

これは根性の問題ではありません。今まで生きてきた環境の中で、そう処理するように最適化されてきた結果です。踏ん張れる人と消耗する人では、受け取っている刺激の量も、かかっている緊張のレベルも、そもそも違う。後者が先に限界を迎えるのは、当然のことだと思います。

「甘え」ではなく、環境との摩擦だった

職場でしんどくなったとき、どこかで必ず顔を出す言葉があります。

「それって、甘えじゃないの?」

この言葉に、しっくり来たことは一度もありませんでした。

多くの場合、「甘え」という言葉は、本人を責めるために使われているわけではありません。「どうしてそこまで辛くなるのか分からない」「自分なら耐えられた」という理解のズレを、雑に言語化した結果として出てくる言葉です。つまり、甘えは評価ではなく、ズレのラベルです。

そのズレが生まれる一番大きな理由は、仕事を人生の中でどう位置づけているかが、人によってまったく違うことにあると思っています。

仕事を人生の中心に置き、自己実現と強く結びつけている人にとっては、多少の理不尽やストレスは「当然のコスト」に感じられるかもしれない。でも私にとって仕事は、人生の一部であり、お金を稼ぐための手段としての位置づけが大きかった。今は特に、奥さんや子どもと過ごす時間が何より大切です。子どもが小さい今しかできないことがたくさんある。その時間を犠牲にしてまで、会社の評価に全力を注ぐことが、自分には合っていないと分かっています。

これは正解・不正解の話ではありません。価値観が違うだけです。

外から見れば同じ条件・同じ仕事・同じ環境に見えても、仕事に何を求めているか、何に納得できないと辛くなるかは、一人ひとり違う。そこを見ずに結果だけを比較すれば、消耗した人が「弱かった」「甘えていた」ように見えてしまう。でも実際に起きているのは、仕様の違う人間を同じ設計の場所に押し込んでいるだけです。

出口は「自分を変えること」ではなく「合う場所に移ること」

職場で消耗していたとき、「自分が変わればいい」とずっと思っていました。

もっと気にしないようにしよう。もっとうまく受け流せるようになろう。もっと割り切れるようになろう。

でも、それはなかなかうまくいきませんでした。

結果として消耗が止まったのは、自分を変えたからではありませんでした。異動・休職・転職によって、環境そのものが変わったときでした。

ぐるぐると考え込んでしまう思考の癖は、今も変わっていません。ただ、その癖が起動しにくい環境に移ったとき、朝起きて嫌な顔が浮かばない、という状態になりました。

これは逃げではありません。自分と環境の「相性」の問題だったのだと、今は思っています。

「自分を変えよう」と努力する前に、「今の環境が自分に合っているか」を問い直すことが、出口への最初の一歩になると思います。職場を変えることがすべてではありませんが、「環境を変える」という選択肢を持つだけで、見える景色が少し変わります。

まとめ:消耗しやすい人は、それだけ多くを受け取っている

真面目な人ほど職場で消耗しやすい理由は、仕事を「自分の話」として受け取るからです。

それは弱さではありません。それだけ多くの情報を受け取り、それだけ多くのエネルギーを使っているということです。

消耗しやすい自分を責める必要はありません。ただ、「今の場所が自分に合っているかどうか」を、一度冷静に考えてみてほしいと思います。

踏ん張れない自分が甘えているのではなく、ただ合っていない場所にいるだけかもしれない。その視点を持つだけで、自分を責める理由が一つ減ります。


職場でのしんどさ、消耗の原因、転職や休職への迷い。こういった悩みを、私はCoconalaでお聞きしています。

「うまくアドバイスする」のではなく「ちゃんと聴く」ことを大切にしています。休職・転職を経験したHSS型HSEエッセイストとして、同じ目線で話を聴きます。テキスト相談・電話相談どちらでも対応しています。

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