「あんなに社交的なのに、どうして人間関係で疲れるの?」
そう言われることが、私にはよくあります。
人と関わるのは、嫌いではありません。むしろ好きです。
それなのに、人といた後はいつもどっと疲れている。
長いあいだ、私はこの感覚をうまく説明できませんでした。
でも「HSS型HSE」という気質を知って、ようやくその仕組みが見えてきました。
(HSS型HSEそのものについては、こちらの記事に書きました。)
この記事では、HSS型HSEが人間関係で疲れやすい理由を私の経験から整理したうえで、少し楽になれた考え方を書いていきます。
HSS型HSEが人間関係で疲れやすい理由
まず誤解されやすいのですが、人が嫌いで疲れるわけではありません。
HSS型HSEには、人の表情や声色、その場の空気、言葉のちょっとしたニュアンスを、無意識のうちに大量に拾ってしまう性質があります。
しかも、拾った情報を、その場で深く処理してしまう。
つまり、ただ人と一緒にいるだけで、頭の中ではずっと情報処理が走り続けているのです。
だから、その場は楽しくても、帰り道や家に着いてから、どっと消耗します。
「あの一言は大丈夫だったかな」「あの人、ちょっと表情が曇っていなかったか」。
終わった会話を、頭の中で何度も再生してしまうのです。
これは気にしすぎというより、そういう情報処理のクセなのだと、今は思っています。
「社交的なのに疲れる」が理解されにくいわけ
やっかいなのは、この疲れが、まわりからは見えないことです。
外から見ると、私は社交的で、元気そうに見えるようです。
だから「疲れているように見えない」「気にしすぎでは」と受け取られがちでした。
でも、消耗しているのは身体ではなく、神経や情報処理の部分です。
そこは外からは見えませんし、本人でさえ「何がしんどいのか」をうまく言葉にできません。
結果として、まわりにも伝わらず、自分でも説明できず、「分かってもらえない」という孤独だけが静かに積もっていきます。
休職するまで、私はこのズレに気づけませんでした。
人間関係で、自己評価まで下がっていく
もうひとつ、人付き合いを重くしていたものがあります。
HSS型HSEは、理想の自分をかなり鮮明に思い描けます。
ただ、その理想が「目標」ではなく「今の自分を測る基準」になってしまうのです。
すると、人と接するたびに「もっとうまく話せたはず」「自分はまだ足りない」と、できていない部分にばかり目が向きます。
褒められても素直に受け取れず、否定や指摘の方が強く残る。
そうやって自己評価が下がると、対人ではさらに萎縮し、もっと気を使う。
気を使えば、もっと消耗する。
私は長いこと、この悪循環の中にいました。
全員と同じ付き合い方を、しなくていい
ここからは、私が少し楽になれた考え方です。
私は自分の性質を、カードゲームのキャラクターのように捉えるようになりました。
どんな場面でも安定して戦える、オールラウンドなキャラではない。
大人数で、瞬発力や声の大きさが求められる場では、何もしていなくても消耗していく。
でも、一対一で落ち着いて話せる場や、相手の話をじっくり聞く場面では、自然と力が出る。
そう整理できてから、人付き合いの考え方が変わりました。
全員と、同じように付き合わなくていい。
力が出る場面を選んでいいし、合わない場から離れることは、撤退であって失敗ではない。
付き合う相手も、場も、量も、自分で選んでいい。
距離を取るのは、冷たさではなく、自分を守るための調整です。
最後に、ひとつだけ。
HSS型HSEは、病気でも診断でもありません。
チェックリストで白黒がつくものでもないし、人によって出方もかなり違います。
この言葉は、自分を縛るためではなく、自分を理解するための”補助線”くらいに思っておくのがちょうどいい。
私はそう感じています。
人付き合いで自分を責めてきた人へ
人付き合いで消耗するたびに、「自分の心が狭いのかな」「気にしすぎる自分が悪いのかな」と責めてきた人は、少なくないと思います。
でも、それは性格の問題ではなく、情報の受け取り方の違いかもしれません。
全員と同じ熱量で付き合わなくていい、と自分に許せるだけで、呼吸が少し楽になることがあります。
※この記事は私自身の経験と考えをまとめたもので、医学的な診断や治療を目的とするものではありません。心身の不調が続く場合は、医療機関などの専門家にご相談ください。
「人付き合いの疲れを、誰かに分かる言葉で話してみたい」。
そんなときに、頭の中のぐるぐるを一緒に整理するお手伝いをしています。
同じHSS型HSEとして、似た消耗をくぐってきた立場から、あなたの話を聴かせてもらえたらと思います。

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