適応障害で休職して、平日の昼間に家にいる生活が始まったころ。
体は休めているはずなのに、頭のどこかがずっとざわついていました。
罪悪感でした。
私は半年間休職して、そのまま復職せずに退職しています。その半年のあいだ、この感情がなくなった日はほとんどありませんでした。
最初にお伝えしておきたいことがあります。
私の場合、罪悪感は消えませんでした。
軽くなるまでに、半年から一年ほどかかっています。しかもそれは、考え方を変えたからでも、うまく手放せたからでもありませんでした。ただ時間が経って、生活そのものが変わったからでした。
休職中の罪悪感について調べると、たいてい「休むことは回復のために必要なこと」「罪悪感は手放していい」という話が出てきます。それで楽になれるなら、それがいちばんいいと思います。
ただ、私の場合は少し違いました。
だからこの記事では、罪悪感の消し方ではなく、なぜ消えないのかという構造のほうを書いてみます。同じように消えなくて困っている方に、少しでも届けばと思っています。
この記事は、適応障害で半年間休職し、復職せずに退職した私自身の経験をもとに書いています。医学的な助言を目的としたものではありません。症状や治療については、必ず主治医などの専門家にご相談ください。
罪悪感は、休職してから生まれたものではなかった
いま振り返って意外だったのは、この感情が休職してから急に湧いてきたものではなかった、ということです。
休職する前の私は、休職という選択肢を、自分には関係のないものとして最初から外していました。
その理由は、はっきり三つありました。
- 一緒に働いている人たちの負担が増えること
- 組織にとってのコストになること
- キャリアに穴が開いて、その後に影響が出ること
この三つが常に頭にあったので、しんどくなっても「自分が休むという選択はない」と処理していました。
そして実際に休職したあと、私の中に居座り続けた罪悪感の中身は、この三つとまったく同じものでした。
つまり罪悪感は、休職によって新しく発生した感情ではありませんでした。休職を選択肢から外していた理由が、休職したことで行き場を失って、そのまま自分に向き直っただけだったのだと思います。
これは、けっこう大事な点だと感じています。
休んだから罪悪感が生まれたのなら、休むのをやめれば消えるはずです。でも実際には、休む前から同じものを持っていた。だとすれば、休職中に「休んでいる自分」をどう捉え直したところで、根っこは動きません。
私が限界に気づけないまま働き続けてしまった経緯については、キャパオーバーに気づけないまま休職した話のほうで詳しく書いています。
私の罪悪感は、職場に対してだけ向いていた
休職中、私が申し訳ないと感じていた相手は、はっきりしていました。
職場の人たちです。
自分が抜けた穴を、誰かが引き受けている。その誰かの残業が増えているかもしれない。私がいたときには私がやっていた仕事を、いま別の人がやっている。
頭の中で、その光景が具体的に浮かんでしまうのです。
休職中は職場と連絡を取らないので、実際に何が起きているかはわかりません。わからないぶん、想像だけが勝手に育っていきます。
そして厄介なことに、この想像は間違ってはいませんでした。誰かが負担を引き受けていたのは、おそらく事実です。
事実なので、否定のしようがない。だから「気にしなくていい」と自分に言い聞かせても、まったく効きませんでした。
家族に感じていたのは、罪悪感ではなく気まずさでした
一方で、家族に対しては、この感情がありませんでした。
これは自分でも少し不思議だったのですが、あとから考えると理由がありました。
私が休職を決めたとき、背中を押してくれたのは主治医と家族でした。家族は、私が休むことに反対する側ではなく、休むことを望む側にいたのです。
ただし、家の中がまったく平穏だったかというと、そうでもありませんでした。
平日の昼間に私が家にいると、子どもが不思議そうに「あれ、パパ仕事は?」と聞いてくることがありました。責めているわけではありません。いつもと違う、という素朴な疑問です。
妻はそれを、私のいないところで説明してくれていたようでした。義理の親にも、妻がこっそり伝えておいてくれたようで、顔を合わせても誰も私に何かを聞いてくることはありませんでした。
今になって思えば、これは全部やさしさです。私が気にしないで済むように、見えないところで気を遣ってくれていた。
ただ、そのやさしさに囲まれているからこそ、少しだけ気まずさがありました。自分のためにみんなが気を遣ってくれている、という構図が見えてしまうからです。
けれどこれは、罪悪感とは別のものでした。
誰も悪くない。子どもが無邪気に聞いてくるのも、妻が気を遣ってくれるのも、義理の親が黙っていてくれるのも、どれも私を大事にしてくれているからこその振る舞いです。
そう思えるようになってから、家の中では少し楽に過ごせるようになりました。気まずさがなくなったわけではありません。意味が変わった、という感じに近いです。
二つを分けていたもの
職場には罪悪感があり、家族には気まずさだけがあった。
この違いは何だったのか。しばらく考えて、私なりに行き着いた答えがあります。
私が休んだことで、その人の負担が実際に増えているかどうか。
職場では、私の仕事を誰かが引き受けています。私の不在が、そのまま他人の労働時間に変換されている。
家族は違いました。気を遣わせてはいましたが、私が休んだぶん誰かの仕事が増えたわけではありません。
この差が、感情の質を分けていたのだと思います。
そして、処理の仕方まで変わってきます。
家族への気まずさは、意味を変えることで軽くなりました。これはやさしさの裏側にあるものだ、と捉え直せたからです。
でも職場への罪悪感には、この方法が効きませんでした。捉え直したところで、誰かが負担を引き受けているという事実そのものは動かないからです。
だから「考え方を変える」では消えなかった
休職中、私は何度も自分に言い聞かせようとしました。
休むのは制度として認められていることだ。回復のために必要な時間だ。自分が一人いなくなっても、職場は回らなくなったりしない。
どれも正しいと思います。頭では納得もしていました。
それでも、罪悪感は減りませんでした。
いま思えば、当たり前だったのかもしれません。
職場が私に期待していたのは、働いていることです。休職中の私は、その期待に応えられていない状態が続いています。そしてこのズレは、休んでいるあいだは絶対に解消されません。働いていないのだから、当然です。
解消されないズレを目の前にして、考え方だけを変えようとしても、うまくいかないほうが自然だったのだと思います。
もしいま、いろいろ試しても罪悪感が消えなくて自分を責めている方がいるとしたら、それはやり方が下手だからでも、心が弱いからでもないのだと思います。休職中という状況そのものが、その感情を維持する構造になっているだけです。
休職中の過ごし方については、私がやってよかったこと・やらなくてよかったことにまとめています。
理解されなかった相手にこそ、罪悪感は向く
ここに、私がいちばん納得できなかったねじれがあります。
私は限界が来る前に、一度上司に相談しています。正直に状況を話しました。
返ってきたのは、そういう相談をすると評価に響く、という趣旨の言葉でした。
別の場面では、乗り切るしかない、とも言われました。悪意があったとは思っていません。ただ、私が伝えたかったことは、最後まで届きませんでした。
普通に考えれば、そういう相手に対して申し訳なさを感じる理由はないはずです。
それなのに、休職してからいちばん罪悪感が向いたのは、その職場でした。
理解されなかったことと、負担をかけたことは、別々に処理されるのだと思います。理解してもらえなかったという痛みは残ったまま、負担をかけたという申し訳なさだけが独立して積み上がっていく。
むしろ、理解されなかった経験があるからこそ「やっぱり自分のほうに問題があったのではないか」という方向に傾きやすくなる気もします。
職場で相談が届かなかったときのことは、上司と合わないのが限界だったときの話に書きました。そもそも休職を切り出せずにいた時期のことは、休職を言い出せなかったときの話のほうにあります。
罪悪感が軽くなったのは、半年から一年後でした
では、いつ楽になったのか。
正直に書くと、はっきりした転機はありませんでした。
退職を決めた瞬間でもなく、転職先が決まった日でもありません。新しい職場で働き始めて、半年から一年くらい経ったころに、気づいたら以前ほど重くなくなっていました。
理由は、たぶん二つあると思っています。
ひとつは、単純に時間が経ったこと。
もうひとつは、新しい職場で忙しくなり始めたことです。日々の生活が動き出すと、前の職場のことを考えている時間そのものが減っていきました。
あまり劇的な話ではありません。でも、これが実際のところでした。
休職中、私は自分の調子を毎日ながめて過ごしていました。そのとき気づいたのは、回復はまっすぐ進まないということです。良くなったと思った翌日に落ちる。その繰り返しでした。
ただ、長い目で見ると、揺れの真ん中の位置が少しずつ上がっていく。
罪悪感も、同じような減り方をしたのだと思います。ある日ぱたりと消えるのではなく、気づいたら前ほど重くない、という形でした。
そして今も、完全になくなったわけではありません。迷惑をかけたことは事実ですし、それについては今でも申し訳なかったと思っています。
それでも、あのころのように一日中ざわついていることはなくなりました。私にとっての回復は、ゼロになることではなく、そういう形をしていました。
休職そのものを後悔しているかどうかについては、休職しなければよかったのか、いま思う後悔の正体のほうで書いています。
私が背負いすぎていたもの
最後に、いま思っていることを書かせてください。
メンタルの不調は、その人だけの問題ではないと思っています。職場環境との相性、業務量、組織の構造。いろいろなものが絡み合って起きます。
にもかかわらず、休んだ本人がすべての責任を引き受ける形になりやすい。
私も、そうなっていました。
周囲への負担も、組織のコストも、キャリアの穴も、全部自分ひとりの落ち度として計算していました。環境の側にも要因があったかもしれない、という発想が、当時の私にはまったくありませんでした。
罪悪感が重すぎたのは、感じ方の問題というより、引き受けている範囲が広すぎたからだったのかもしれません。
いま同じ場所にいる方に、罪悪感を捨ててくださいとは言えません。私自身、捨てられませんでしたし、捨てるべきものだとも思っていません。
ただ、もしその重さで苦しくなっているなら、一度だけ考えてみてほしいことがあります。
いま自分が背負っているものは、本当に全部、自分ひとりの分でしょうか。
休職に至るまでの流れ全体については、適応障害で休職することになったときの受診から復職・退職までの流れにまとめています。
おわりに
罪悪感は、消し方を知っていれば消えるものではありませんでした。少なくとも私の場合は、そうでした。
消えないまま、半年から一年かけて、少しずつ軽くなっていった。
それでいいのだと思います。いま消えていないことを、失敗のように感じなくて大丈夫です。
この記事は私個人の経験と受け止めを書いたものです。適応障害の症状や治療については主治医などの医療機関へ、休職制度や復職の取り扱いについては勤務先の就業規則・人事担当窓口、または労働局や労働基準監督署などの公的な窓口にご確認ください。
一人で抱えているのがしんどいときは
罪悪感は、外から見えにくい感情です。休んでいることを心配してくれる人はいても、休んでいることへの後ろめたさを話せる相手は、なかなかいないと思います。
私自身、あの時期にいちばん欲しかったのは、正しい答えよりも、ただ聞いてくれる相手でした。
ココナラで、職場のしんどさや休職に関する相談を受けています。HSS型HSEで、適応障害での休職と退職を経験した立場から、話を聴かせていただきます。テキストでも電話でも大丈夫です。
もう少し自分のペースで理解を深めたい、という方には、私がこれまでの経験をまとめた本もあります。
職場のしんどさが「理解してもらえない」と感じたことがある方へ。



