適応障害で休職=人生終わり?キャリアに傷はついたのか、半年休んで辞めた私のいま

休職・復職

適応障害で休職が決まったとき、頭に浮かんだのは「これで人生終わりかもしれない」という言葉でした。

休職について調べると、その後の話は二つに分かれます。休職があったから今の自分がある、という話。もう一つは、休職しなければよかった、という話。どちらもはっきりしていて、そしてどちらも、自分には重なりませんでした。

この人はたまたま運がよかったのかもしれない。うちは事情が違う。そう思って、静かに画面を閉じた覚えがあります。

私は適応障害で半年休職し、復職せずに退職しました。いわゆる一番「終わった」側の選び方をした人間です。

この記事では、あのとき終わると思っていたものが、実際にどうなったのかを書きます。励ましではなく、事後報告として読んでもらえたらと思います。

結論:人生は終わりませんでした。ただし、失ったものはあります

先に結論を書きます。

休職して退職して、私の人生は終わりませんでした。転職はできましたし、生活も普通に続いています。

ただ、何も失わなかったわけではありません。年収は下がりましたし、同世代が積み上げているものを積み損ねた感覚は、しばらく残りました。

終わらなかった、けれど無傷でもなかった。その両方を書かないと、たぶん誰の役にも立たないと思っています。

「人生終わり」と思ったとき、私が恐れていたもの

休職する前の私は、休職という選択肢を最初から除外していました。理由は三つあります。

周囲への迷惑。会社へのコスト。そして、キャリアへの影響です。

このうち三つ目が、そのまま「人生終わり」の中身でした。ここで穴を開けたら、その後の積み上げに響く。同世代から遅れる。もう戻れない場所に行ってしまう。そういう感覚です。

不安というのは、輪郭がないうちは大きく見えます。私の場合も、終わるという言葉ひとつで済ませていたので、実際に何が失われるのかは考えていませんでした。

いま振り返ると、恐れていたものは大きく四つでした。収入。キャリアの連続性。社会的な評価。そして、戻る場所です。

ひとつずつ、実際にどうなったかを書いていきます。

恐れていたことのうち、実際に起きたこと

正直に書きます。起きたことはあります。

まず、転職活動は苦戦しました。書類選考で二十社、三十社と落ちました。やっぱり休職が響いているのかな、と落ち込む日もありました。

次に、キャリアをうまく築けなかった、という感覚です。私は年収を下げて、未経験の職種に移りました。同じ年代の人たちが積み上げているものを、自分だけ積み損ねたような感じが、転職してしばらくは残っていました。

それから、新しい職場での居場所づくり。一から人間関係を作り直すのは、思っていたより大変でした。

副業のほうも、まだ結果らしい結果は出ていません。何年か続けていますが、生活が変わるような金額にはなっていないです。

ここを飛ばして「大丈夫でしたよ」とだけ書くこともできます。でもそれをやると、あのとき私が画面を閉じたのと同じことを、読んでいる人にさせてしまう気がしました。

起きなかったこと

一方で、起きなかったこともあります。そしてこちらのほうが、数としては多かったです。

転職はできました。時間はかかりましたが、希望していた職種で採用してもらえました。面接では休職していたことを隠さずに伝えています。その経緯は適応障害で転職はできる?休職から書類10連敗を経て採用された私の話に詳しく書きました。

生活も、崩れませんでした。年収は下がりましたが、立ち行かなくなるということはなかったです。

そして、社会的に何かを言われることもありませんでした。これは書いてみると当たり前のようですが、休職中の私が一番怖がっていた部分です。

ひとつ、当時の自分を支えていた小さな観察があります。前の職場には、休職を経験してから中途入社してきた人が、実は複数いました。

だから私は、休職経験者が転職できないわけではないことを、頭のどこかでは知っていたんです。自分が最初の例外になるわけではない、という程度の心細い根拠でしたが、それでも支えにはなりました。

年収が下がったのは、傷ついたからではありませんでした

ここは、はっきり分けて書いておきたいところです。

年収は下がりました。ただ、それは休職でキャリアに傷がついた結果ではありません。

転職活動のとき、同じ職種で年収を上げられそうな話も、実はありました。でもそれを選ぶと、また前と同じように消耗する気がしたんです。

だから私は、あえて年収を下げて、未経験の職種を選びました。これがやりたいという強い目的があったわけではありません。もう一度あの追い込まれ方はしたくない、という感覚のほうがずっと大きかった。前向きな確信ではなく、消去法でした。

下がった、ではなく、下げた。この一文字の差が、私にとっては大きかったです。

そしてもうひとつ気づいたことがあります。生活が回らなくなると思っていたのに、実際にはそうなりませんでした。見直せる余地は、思っていたよりも残っていたんです。

会社に出してもらわなければならない金額が下がると、選べる場所は逆に広がります。年収の欄で閉じていた求人が、検討できる範囲に戻ってくる。私の場合は、そういう順番でした。

空白に見えるのは、ものさしが一本しかないからでした

履歴に穴が開く。この感覚は、休職を避けたい理由として非常に強いものだと思います。私もそうでした。

休職中に、キャリアブレイクという考え方を知りました。一時的に仕事を離れる期間を、脱落ではなくキャリアの一部として捉える見方です。

キャリアブレイク研究所によれば、2022年の厚生労働省の調査で、年間147万人が1ヶ月以上の離職期間を経たのちに再就職しています。LinkedInも2022年に職歴欄へキャリアブレイクの区分を追加しました。法政大学の石山恒貴教授は、ワークキャリアはライフキャリアの一部にすぎない、という趣旨のことを述べています。

これを知ったとき、私は少しだけ肩の力が抜けました。高揚ではありません。とくに珍しいことでもないんだな、と思えた、その程度のゆるみです。

ただ、きれいごとで終わらせるつもりはありません。採用の現場で空白期間について聞かれることはありますし、それを否定的に見る担当者もいます。休職歴が選考でどう扱われるかについては、休職経験は転職で不利になる?正直に話した私の結果のほうに実際のところを書きました。

言いたいのは、空白がないという話ではなく、空白に見えているのは仕事の履歴という一本のものさししか使っていないから、ということです。

なぜ、休職中は「終わり」に見えてしまうのか

ここまで書いてきたことは、いま冷静に振り返れるから書けることです。休職中の私は、まったく同じようには考えられませんでした。

理由ははっきりしています。休職中というのは、人生で一番判断力が落ちている時期だからです。

私の場合、限界が来たときに起きていたのは、気分の落ち込みよりも認知機能の低下でした。ミスが増える。記憶が飛ぶ。優先順位がつけられない。何が正常な判断なのかも、わからなくなっていました。

その状態のまま、この先の人生をどうするかという、人生でも大きい部類の判断が目の前に来ます。

一番大きな判断が、一番判断できない時期に来る。休職が「終わり」に見えるのは、たぶん出来事そのもののせいではなく、この順番のせいです。

だから、休職中に出した結論は、そのときの自分の全力ではあっても、最終回答ではないと思っています。同じ構造については休職しなければよかった?半年休んで退職した私が、いま思う後悔の正体にも書きました。

受け入れは、進んだ後からついてきました

もうひとつ、自分でも意外だったことがあります。

この落ち着いた受け止め方ができるようになったのは、休職している最中ではありませんでした。休んでいるあいだは、まだできていなかったんです。

できるようになったのは、時間が経って、新しい環境でまた働き始めてからでした。

つまり、順番が逆でした。受け入れてから次へ進んだのではなく、次へ進んで、しばらく経ってから、ようやく受け入れられた。

だから、いま受け入れられなくても、それは失敗ではないと思います。順番が来ていないだけかもしれません。

休職中に消えなかった罪悪感については、適応障害の休職で罪悪感が消えなかった理由に書いています。あれも、消えたのではなく、あとから軽くなったものでした。

終わったのは人生ではなく、あの働き方でした

いまの生活は、静かです。

心が重くない日が続いています。定時で帰れて、家族といる時間があります。自分のペースで動けています。

書き出してみると、どれも地味です。ただ、限界を迎えていた頃の自分から見れば、この地味さこそが、いちばん遠い場所にありました。

正直に言えば、この選択が正しかったという証明は、私も持っていません。選ばなかったほうの人生を見ることはできないので、たぶん誰にもできないのだと思います。進学も、就職も、結婚も、同じです。

そう考えると、自分の休職も、ずいぶん簡単に言い表せるようになりました。働く環境が合わなくて辛かったから、長めに休んだ。それだけのことでした。

あのとき終わったのは、人生ではありませんでした。終わったのは、あの働き方のほうです。

もちろん、これが誰にでも当てはまるとは思っていません。私の場合はこうだった、というだけの話です。

ただ、ひとつだけ言えることがあります。限界まで無理を続けた先に待っているものより、休んだ先にあったもののほうが、ずっと穏やかでした。

いま同じところで足を止めているなら、休職後の流れ全体を適応障害で休職することになったら|受診から復職・退職までの流れに、退職という選択については適応障害で退職するのは逃げ?後悔しない?にまとめてあります。

この記事は私個人の体験と、公開されている情報をもとに書いたものです。適応障害の診断・治療・回復の見通しについては医師の判断が必要ですので、体調に不安がある場合は医療機関にご相談ください。また、休職や退職の取り扱いは会社の就業規則によって異なり、法的な判断が必要な場合もあります。実際の手続きにあたっては勤務先の人事担当窓口や、労働局・専門家にご確認ください。

おわりに

休職を考えるとき、いちばん引っかかるのは、その後だと思います。

休んだら、この先どうなってしまうのか。戻れるのか。家族を守れるのか。

私も、休む前は同じことを考えていました。そして結果として、あのとき怖かったことは、少なくとも私には起きませんでした。

その答えを、今すぐ出す必要はないと思います。ただ、もし一人で考えるのがしんどいときは、その問いを、誰かと一緒に眺めてみるのもひとつの方法です。

ココナラで、職場のしんどさや休職にまつわる相談を受けています。HSS型HSE・休職経験者として、答えを出す場所ではなく、一緒に考える場所として使ってもらえたらと思っています。テキストでも電話でも大丈夫です。

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もう少し自分のペースで理解を深めたい、という方には、私がこれまでの経験をまとめた本もあります。職場のしんどさが周囲に伝わらないという感覚について書いたものです。

メンタル不調を理解できない人たち(Kindle)

この記事の内容は、私自身の経験にもとづく個人的な見解です。診断や治療に関することは医師へ、休職・退職・雇用に関する法的な判断は専門機関へご相談ください。記事内で紹介した統計は、キャリアブレイク研究所が公開している厚生労働省調査(2022年)の数値を参照しています。

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